数年前から大学の学部生を相手に授業をしています。長い目でみて若い才能には期待しかしていません。甘くみられたり、伝えたいことが全く伝わらなくて落ち込むこともありますが、大体の場合、根本的には彼女ら彼らは悪くありません(ただ怠惰すぎる、失礼すぎる、甘えすぎるなど、もちろん悪い場合もある)。若い才能(特に自発性)をのびのびと育ててこなかった大人たち、社会構造、そして私の授業の方に問題があるのです。学び手の自発性が育たないところに、学びも創造も未来もないと確信しています。これからも懲りずに試行錯誤を繰り返し、偏差値にかかわらず、若い才能全般に素直に期待し続けます。不要な自己保身があると気づいたら、丁寧にそれを手放し、若い才能と一緒に私も育ちます。
パウロ・フレイレに関する研究仲間/後輩の論文を拝読し、そう再確認しました。彼女は学部時代からワークショップの実践と、フレイレ研究を継続しています。


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# by atsumaruko | 2017-10-17 23:42 | Ideas
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親子バッタくん
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竹林
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《違和感の発見 ー受け入れられる栗ー》
寺家回廊でスタンプを集めた来場者の方へのお土産です。寺家の竹林で拾った栗でかたどった石鹸です。齋藤のはらさん制作です。


寺家回廊に出展した野外インスタレーション、《受け入れられる違和感》は無事に終了しました。
齋藤のはらさんのおかげで、このような経験をさせて頂きました。私たちは今後もこのテーマで共同制作プロジェクトを続ける予定です。
個人的には、絵と文章の両方がかけてとても爽快でした。作品の表現が広がった感覚を持ちました。今回は特に文章が、「私」の葛藤表現の詰めの甘さを補完してくれたと思います。「こんなの嫌だ、迷っているだけで何も描いてない。こんなんじゃない」と思っていたところ(私だけです)、ごまかしていたところ(私だけです)を文章が最後まで追い込んでくれました。共同制作もまさに補完しあう作業でした。またしても一人じゃないことの心強さを実感しました。

来場者の方々はそれぞれに感想を持ってくれたようです。自然光や風のある・なしで見え方が全く違いました。どういう意味かは定かではありませんが、「えー、これ?!」という笑いと期待はずれの感が混ざったコメントもありました。「キラキラ光ってる!」というつぶやきのような感想を耳にした時は、とても嬉しかったです。今後も(たまには)違和感をキラキラ光らせていきたいです。

外側のキラキラとは異なり、秋の寺家町の竹林は、蜘蛛の巣と蚊と栗でいっぱいでした。
服の上からも蚊に刺されてしまいました。予定どおり十五夜の日に展示作業をしました。きっちりお団子も食べました。

はやく次の作品を制作したいです。
文章も、たとえ書けなくても、毎日書いていきます。


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# by atsumaruko | 2017-10-11 22:43 | Arts

《受け入れられる違和感》

このコンセプトについて考え始めた時、話にあがったのは、これまでの生活で二人が抱いてきた違和感についてでした。一般的に違和感とは、間違ったもの、そぐわないものとして考えられ、社会から排除されます。ただアートにおいては、そのような違和感は新しい価値を作るうえで不可欠な感覚にもなります。

私たちは違和感をどの程度まで受け入れられるのか。二人の中でこのような問いが生まれた時、結局この問いに対する確かな回答は出ませんでした。ただはっきりしたのは「排除される違和感はいらない。受け入れられなければ仕方がない。違和感を受け入れてほしい」という二人の切実な気持ちでした。

違うけど、「私」を受け入れてほしい。この寺家町の竹林には、あちこちに違和感を抱いた「私」がいます。怖がりながら大切な人に近づいていく「私」、暗い感情の行き場を探し求める「私」、夢をみながら現実の中でもがく「私」、自然の中に投げ出され、とまどう「私」など。

それらの様々な「私」の姿や、私たち二人のささやきが、皆さんの中にある「受け入れられたい違和感」を呼び覚ますことができれば嬉しいです。

2017104日(水)十五夜に

齋藤のはら・新津厚子


《寺家の音、竹林のざわめき》
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長かった夏が終わり、秋を感じるようになりました。
夜に聞こえる虫の音と肌に触れる冷たい風が心地よい季節です。

10月6日(金)から9日(月祝)の間に開催される寺家回廊で、図々しくも画家の齊藤のはらさんの野外インスタレーション制作に加わります。
齋藤のはらさんは新津の美術制作の先生です。縁あって2015年の冬に個展「Baptismal」を見に行った際、のびのびとした奥の深い作風に惹かれ、その後に師事しました。

よろしくお願いします。作品設置は十五夜の日になりそうです。





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# by atsumaruko | 2017-09-14 08:45 | PR
ヴァーニジア・ウルフの文章に共鳴したので引用します。
なんで自殺してしまったのかと残念に思っています。

自分のためだけの時間も、人と会い、人と集う時間も両方が大切な時間です。よりよく生きるための自由を求めるのであれば、それぞれに失うことはできません。特に創作において「自分一人の」時間を確保することは必要不可欠です。

「わたしは信じています。もしわたしたちがあと一世紀ほど生きたならーーーわたしは個々人の小さな別々の生のことではなく、本当の生、共通の生について語っています。あと一世紀ほど生きて、もし各々が年収5百ポンドと自分ひとりの部屋を持ったならーーー。もし自由を習慣とし、考えをそのまま書き表す勇気を持つことができたならーーー。もし共通の居室からしばし逃げ出して、人間をつねに他人との関係においてではなく〈現実〉との関係において眺め、空や木々それじたいをも眺めることができたならーーー。もしミルトンの造り出した化けものの背後を、どんなひとであれ視界を遮ってはいけないのですから、その背後を眺めやることができたならーーー。もし凭れかかる腕など現実には存在しないということ、ひとりで行かねばならないということ、わたしたちは男女の世界だけではなく〈現実〉世界とも関わりを持っているのだということを事実として受け入れるのならーーー。そうすればチャンスは到来し、シェイクスピアの妹であった死せる詩人は、いままで何度も捨ててきた肉体をまとうでしょう。兄ウィリアムがすでにそうしているように、知られざる先輩たちの生から自分の生を引き出して、蘇るでしょう。…」(ウルフ 2015:196-197)



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# by atsumaruko | 2017-09-12 07:52 | Ideas
カール・マルクスの文章です。
エーリッヒ・フロムの『愛するということ』(フロム 2002:47)に引用されています。
折に触れて思い出し、目の前にいる人にかかわっています。敬意も信頼も愛情も決して目に見えません。ただあると確かに伝わってくるものです。
それらがない場合も、ないことはすぐに伝わります。

「人間を人間とみなし、世界にたいする人間の関係を人間的な関係とみなせば、愛は愛と
だけ、信頼は信頼とだけしか交換できない。その他も同様である。芸術を楽しみたければ、芸術の修行を積んだ人でなければならない。人びとに影響をおよぼしたいと思うなら、実際に他の人びとをほんとうに刺激し、影響をあたえられるような人物でなければならない。人間や自然にたいする君の関わり方はすべて、自分の意志の対象にふさわしいような、君の現実の、個人としての生の明確な表出でなければならない。もし人を愛してもその人の心に愛が生まれなかったとしたら、つまり、自分の愛が愛を生まないようなものだったら、また、愛するものとしての生の表出によっても、愛される人間になれなかったとしたら、その愛は無力であり不幸である。」


"Assume man to be man and his relationship to the world to be a human one: then you can exchange love only for love, trust for trust, etc. If you want to enjoy art, you must be an artistically cultivated person; if you want to exercise influence over other people, you must be a person with a stimulating and encouraging effect on other people. Every one of your relations to man and to nature must be a specific expression, corresponding to the object of your will, of your real individual life. If you love without evoking love in return – that is, if your loving as loving does not produce reciprocal love; if through a living expression of yourself as a loving person you do not make yourself a beloved one, then your love is impotent – a misfortune."


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# by atsumaruko | 2017-08-17 14:17 | Ideas